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少年漫画このタグの資料 20 本

  1. がきデカ(秋田書店・1974年) シリアスな「光る風」の作者が開いた、一発ギャグの時代新着No.201

    『がきデカ』は山上たつひこが1974年から1980年まで『週刊少年チャンピオン』に連載したギャグ漫画である。作者は政治色の濃いSF『光る風』で注目された人で、のちに小説家へ転じ、2020年代にも小説を発表している。作品の笑いと、保護者からの反対、作者の歩みを資料で整理する。

  2. 水木しげる 戦地の経験を紙芝居と貸本漫画から妖怪へ新着No.105

    水木しげる(1922〜2015年)は、戦地で左腕を失ったあと、紙芝居と貸本漫画を経て、妖怪漫画の第一人者になった。1965年に『週刊少年マガジン』で鬼太郎の連載を始め、戦争体験を描いた作品でも海外の賞を受けた。

  3. 藤子・F・不二雄 「すこしふしぎ」を描き続けた藤子不二雄の一人新着No.104

    藤子・F・不二雄(本名・藤本弘、1933〜1996年)は、小学校の同級生の安孫子素雄とコンビ「藤子不二雄」で活動し、1987年にコンビを解消して独立した。日常に少しふしぎが入り込むSFの作風で知られる。

  4. 石ノ森章太郎 漫画の幅を広げ、「萬画」を名乗った人新着No.103

    石ノ森章太郎(1938〜1998年)は、SF、時代物、少女漫画、実験的な作品、経済や歴史の学習漫画まで描き分けた漫画家である。1989年に、自らを萬画家と名乗ると宣言した。

  5. 手塚治虫 ストーリー漫画とテレビアニメを切り開いた人新着No.101

    手塚治虫(1928〜1989年)は、映画の手法を取り入れたストーリー漫画を確立し、日本初の連続テレビアニメにも関わった漫画家である。藤子不二雄、石ノ森章太郎、萩尾望都が、それぞれ手塚との出会いを語る資料が残っている。

  6. SLAM DUNK(集英社・1990年) 高校バスケを描き、競技の裾野を広げた作品新着No.86

    井上雄彦の『SLAM DUNK』は、1990年に『週刊少年ジャンプ』で連載が始まり、1996年に終わった高校バスケットボールの漫画である。賞の記録、テレビアニメ、部数、バスケットボールへの影響を、事典と公式サイトで整理する。

  7. ドラゴンボール(集英社・1984年) 冒険から格闘へ、世界に広がった少年漫画新着No.85

    鳥山明の『ドラゴンボール』は、1984年に集英社の『週刊少年ジャンプ』で連載が始まり、1995年に最終回を迎えた。アニメやゲームへ広がり、公式サイトは世界の多くの国で親しまれていると述べる。連載のいきさつ、単行本の形、部数の数え方を整理する。

  8. ドラえもん(小学館・1970年) 学年別の雑誌6誌で始まった、国民的な子ども向け漫画新着No.83

    『ドラえもん』は、1970年1月号から小学館の幼児向けと学習向けの雑誌6誌で連載が始まった。読者の年齢に合わせて描き分けた第1話が6種類あったことが、2019年の単行本『0巻』で改めて話題になった。連載のいきさつと部数の数え方を、出版社系の記事で整理する。

  9. 鉄腕アトム(光文社・1952年) 少年雑誌から日本初のテレビアニメ連続シリーズへ新着No.81

    手塚治虫の『鉄腕アトム』は、1952年に光文社の月刊誌『少年』で連載が始まり、1968年まで続いた。1963年に虫プロダクションがテレビアニメ化し、毎週放送の連続シリーズの先駆けとなった。連載のいきさつ、受け入れられ方、のちへの影響を公式の資料で整理する。

  10. 小学館と週刊少年サンデー 学習雑誌から出発した出版社の漫画誌新着No.53

    小学館は1922年に相賀武夫が創設した、小学生向けの学年別学習雑誌から出発した出版社である。1959年に少年サンデーを創刊し、のちにビッグコミックやコロコロコミックなど世代別の漫画誌を増やしていった。2026年春の週刊少年サンデーの紙の印刷証明付き部数は、3期とも12万部である。

  11. 講談社と週刊少年マガジン 雑誌を出し続けた出版社が漫画週刊誌を創刊するまで新着No.52

    講談社は1909年に野間清治が設立した大日本雄弁会に始まり、1911年に講談社を起こした。創業50周年の1959年に週刊少年マガジンを創刊し、1997年に440万部の最高部数を記録した。2026年春の紙の印刷証明付き部数は平均28万1000部で、集計の条件が違う数字を並べるときは断りが要る。

  12. 集英社と週刊少年ジャンプ 娯楽雑誌の出版社が漫画誌の首位に立つまで新着No.51

    集英社は小学館の創業者が娯楽雑誌の会社として準備し、1925年から1926年にかけて生まれた。1968年に少年ジャンプを月2回刊で創刊し、翌年に週刊化し、1973年に少年漫画誌の発行部数で首位に立った。1994年末発売号の653万部と2026年春の平均98万5000部は集計の仕方が違い、並べて増減を語るときは条件を添える必要がある。

  13. SF・ファンタジー漫画 アトムからナウシカへ新着No.36

    戦後の漫画の発展はSFから始まったという見方がある。手塚治虫の鉄腕アトムが1952年に連載を始め、1963年のテレビアニメで広がった。1970年にドラえもん、1982年にナウシカの漫画版が続いた。近年のファンタジーでは葬送のフリーレンがマンガ大賞2021を受けた。ファンタジーの通史は、確かめられた資料が少ない。

  14. スポーツ漫画 スポ根の流行から今の競技漫画まで新着No.35

    スポーツ漫画は、競技を題材にした漫画である。1950年代の熱血柔道漫画のイガグリくんを前史として、1966年の巨人の星、1968年のあしたのジョーでスポ根が流行した。1990年代にはSLAM DUNKが広い読者を得て、2022年に映画になった。

  15. 少年漫画 生まれと形、雑誌と読者層新着No.31

    少年漫画は、小学校高学年から中学生ごろの男の子を読者に想定した雑誌に載る漫画を指す。今の形は、1959年3月17日にマガジンとサンデーが同日に創刊した少年週刊誌から始まり、1968年のジャンプ創刊で三誌が競う構図になった。紙の週刊誌の部数は大きく下がり、2026年4〜6月期にはジャンプも平均100万部以下になった。

  16. 1990年代 紙の売り上げが頂点に達し、雑誌が下り坂に入る新着No.6

    紙のコミック市場が1995年に頂点の5,864億円に達し、同じ年の初めに週刊少年ジャンプが653万部を記録した。その後に雑誌が長い下り坂に入る一方、単行本の累計1億部が相次いだ。数字で見る十年として書く。

  17. 1980年代 ジャンプが400万部へ、青年誌が増え、アニメ化が広がる新着No.5

    週刊少年ジャンプが200万部から400万部に倍増し、ヤングマガジンやスピリッツなど青年向けの雑誌が相次いで創刊された時代をまとめる。コミックスの普及についての数字は、確かめられなかったので書かない。

  18. 1970年代 ジャンプの首位、少女漫画の革新、青年誌への入り口新着No.4

    ジャンプが部数で首位に立った1973年、少女漫画が表現を広げた24年組の時代、青年向け雑誌の広がり、新人賞の整備を、確かめた資料の範囲でまとめる。ギャグ漫画の細部は、資料が揃わず書かない。

  19. 1960年代 週刊少年誌の創刊競争、劇画、少女漫画の広がり新着No.3

    週刊少年誌の創刊競争、貸本から広がった劇画とガロ、少女向け週刊誌の創刊、テレビアニメ化とコミックスの登場を、確かめた範囲でつなぐ。漫画が週刊のメディアに変わった十年として書いた。

  20. 戦後〜1959 赤本から手塚治虫、トキワ荘、そして週刊誌へ新着No.2

    戦後の赤本と貸本から、手塚治虫の登場、投稿雑誌とトキワ荘、劇画の誕生、1959年の週刊誌創刊までをたどる。物語を長く読ませる漫画が、場所を変えながら育っていく流れを書いた。

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