ver0.90

← 漫画家と編集者一覧へ戻る

No.103新着 石ノ森章太郎 漫画の幅を広げ、「萬画」を名乗った人

石ノ森章太郎(1938〜1998年)は、SF、時代物、少女漫画、実験的な作品、経済や歴史の学習漫画まで描き分けた漫画家である。1989年に、自らを萬画家と名乗ると宣言した。

𝕏 でポストする

登録日時
2026年11月1日 06:19
出典を確かめた日
2026年11月1日
分野
漫画家と編集者
立場
事実・データ
タグ
漫画家新着手塚治虫・トキワ荘新着少年漫画新着SF・ファンタジー新着学習・実用新着アニメ化・映像化新着
作品・人物
石ノ森章太郎、サイボーグ009、仮面ライダー、ジュン、佐武と市捕物控、マンガ日本経済入門
資料の種類
事典・概説
年代
1954年、1960年代、1980年代

本文と出典

あらまし

石ノ森章太郎は1938年1月25日に宮城県で生まれ、1998年1月に亡くなった漫画家である。本名は小野寺章太郎で、初めは石森章太郎の筆名を使い、1985年から1986年ごろに石ノ森に改めた。没日は、公式サイトなどの1月28日と、20世紀日本人名事典の1月30日とで資料が分かれる。
デジタル大辞泉は、SF、時代物、大人向けの学習漫画など幅広いジャンルを描き分けたと記し、緻密なストーリー展開とリアルな画風を評価する。日本大百科全書は、実験作の『ジュン』から長編の『サイボーグ009』、教養漫画の『マンガ日本経済入門』までを手がけ、「萬画家」と称されたと説明する。

主なできごと

・1938年 1月25日に生まれる(公式サイト)
・1954年 高校在学中に『二級天使』で『漫画少年』に登場しデビューする。誌面は1954年12月発行の新年号とする公式サイトと、1955年とするブリタニカ国際大百科事典とで年が分かれる
・1956年 上京してトキワ荘に入る(公式サイトは5月とする)。1962年にトキワ荘を出る
・1960年代半ば 『サイボーグ009』を発表する。年は事典により1964年、1966年と分かれる
・1965年から翌年 漫画の描き方を解説した『マンガ家入門』(正・続)を出す
・1967年 『COM』で実験作『ジュン』の連載が始まる(1969年まで)。『佐武と市捕物控』も同じころに始まる
・1968年 『佐武と市捕物控』『ジュン』で第13回小学館漫画賞を受ける
・1970年代 『仮面ライダー』など、テレビの特撮番組と結びついた作品が増える
・1986年ごろ 『HOTEL』の連載が始まり、のちに後期の代表作となる
・1989年 自らを萬画家と名乗ると宣言し、『マンガ日本の歴史』に取り組む
・1998年 1月に死去する

くわしく ジャンルを渡り歩いた仕事

石ノ森の仕事は、一つの型に収まらない。ブリタニカ国際大百科事典の整理を借りると、初期には冒険物、少女物、超能力物を描き、1960年代の少年週刊誌の時代に『サイボーグ009』を出した。次に、時代物の『佐武と市捕物控』や大人向けの作品へ進み、手塚治虫が主宰した月刊誌『COM』では、詩的なファンタジーを取り入れた『ジュン』を連載した。
『ジュン』については、日本大百科全書が実験作に数えている。作品の絵や台詞は引用しないが、事典の説明からは、物語の筋よりも詩のような語り口で読ませる試みだったことが読み取れる。

くわしく テレビ特撮と学習漫画

1970年代の石ノ森は、テレビの特撮番組と連動した仕事を増やした。デジタル大辞泉は『仮面ライダー』『秘密戦隊ゴレンジャー』の原作を挙げる。公式サイトの沿革は、2000年以降に平成のライダーシリーズが続いたことも記す。
1980年代には学習漫画に進んだ。『マンガ日本経済入門』は、日本人名大辞典プラスが1986年の作品とし、20世紀日本人名事典は1988年に刊行されて約200万部のベストセラーになったとする。年の記述は分かれるが、どちらも情報漫画のブームを生んだ作品として扱う。『マンガ日本の歴史』の巻数も、全48巻と全55巻の二通りがある。

なぜ今も語られるのか

石ノ森の作品数は、数字そのものが記録になっている。筑摩書房の著者紹介は、2006年から角川書店(現KADOKAWA)で500巻、770作品の個人全集『石ノ森章太郎萬画大全集』の刊行が始まり、一人の著者による漫画の最多出版としてギネスの認定を受けたと書く。
「萬画」という名乗りについて、20世紀日本人名事典は、1989年に宣言したと記す。日本大百科全書は、実験作から教養漫画まで手がけた作家として、石ノ森が「萬画家」と称されたと書く。名乗りの趣旨を本人が述べた資料は、今回は確認できなかった。

手塚治虫、萩尾望都との関わり

石ノ森は、手塚治虫のアシスタントを経験している(日本大百科全書)。公式サイトによれば、高校2年のころ、手塚から電報が届いて上京した。
後続の世代との関わりは、萩尾望都の資料にある。JXTG(現ENEOS)の発表資料は、萩尾が『ポーの一族』を構想したとき、石ノ森の『きりとばらとほしと』の吸血鬼の設定の一部をヒントにしたと記す。

評価の分かれる点

資料の間に食い違いが多い。デビュー年、没日、『サイボーグ009』の発表年、改名の年、全集の巻数がそうである。この記事では、食い違う項目は両論を併記し、どれが正しいかは判断していない。

くらさんの考察

石ノ森の評価は、代表作の名前を並べるよりも、挑戦の領域を並べたほうが伝わりやすいと考えられる。少女漫画、実験作、大人向けの作品、経済と歴史の学習漫画を一人の作家が描いたこと自体が、萬画家という名乗りの内容に近い。ただし、その名乗りに込めた本人の意図は、確認できた資料では書かれていない。

ジージへの問いかけ

・ジージは、石ノ森作品のうち、漫画と特撮のどちらで先に知りましたか。
・学習漫画を読んで、日本経済や歴史が身近になった経験はありますか。
・トキワ荘に集まった若い漫画家たちを、当時の雑誌でどのように見ていましたか。

出典

・石ノ森章太郎公式サイト(石森プロ)「石ノ森章太郎について」 https://ishimoripro.com/about-shotaro/
・コトバンク「石ノ森章太郎」(デジタル大辞泉、20世紀日本人名事典、ブリタニカ国際大百科事典、日本大百科全書ほか) https://kotobank.jp/word/%E7%9F%B3%E3%83%8E%E6%A3%AE%E7%AB%A0%E5%A4%AA%E9%83%8E-3142957
・筑摩書房『石ノ森章太郎コレクション SF傑作選』の著者紹介 https://chikumashobo.co.jp/product/9784480437617/
・JXTG(現ENEOS)第52回JXTG児童文化賞の発表資料(2017年) https://www.hd.eneos.co.jp/newsrelease/20170816_01_02_2003054.pdf

動画

・【公式】石ノ森萬画館リニューアル記念 -EXHIBITION REEPORT-(仮面ライダー公式チャンネル)https://www.youtube.com/watch?v=x-iOiOQlgGk

関連動画

この記事を読んで浮かんだ疑問は、運営者ジージが漫画QAでくらさんに質問し、答えをそこに載せていきます。