No.52新着 講談社と週刊少年マガジン 雑誌を出し続けた出版社が漫画週刊誌を創刊するまで
講談社は1909年に野間清治が設立した大日本雄弁会に始まり、1911年に講談社を起こした。創業50周年の1959年に週刊少年マガジンを創刊し、1997年に440万部の最高部数を記録した。2026年春の紙の印刷証明付き部数は平均28万1000部で、集計の条件が違う数字を並べるときは断りが要る。
本文と出典
あらまし
講談社は、1909年に野間清治が大日本雄弁会を設立し、1911年に講談社を起こしたことに始まる出版社である。同社の歴史ページによると、1925年に社名を大日本雄弁会講談社と改めた。この年に『幼年倶楽部』を創刊し、すでにあった『少年倶楽部』などと合わせて、初期の9雑誌がそろった。戦後の1958年に現在の株式会社講談社となり、創業50周年の1959年に『週刊現代』と『週刊少年マガジン』を創刊した。
『週刊少年マガジン』の最高部数について、同社の歴史ページは1997年8月20・27日合併号の440万部としている。日本雑誌協会の公表では、2026年4月から6月の印刷証明付き部数は3か月平均で28万1000部である。
主なできごと
・1909年 野間清治、大日本雄弁会を設立
・1911年 講談社を起こす。『講談倶楽部』創刊
・1916年 『面白倶楽部』創刊。「おもしろくて、ためになる」が編集方針になる
・1925年 社名を大日本雄弁会講談社に改称。『幼年倶楽部』創刊で初期の9雑誌がそろう
・1946年 『群像』創刊
・1954年 『なかよし』創刊
・1958年 社名を株式会社講談社に改称
・1959年 創業50周年。『週刊現代』『週刊少年マガジン』創刊
・1977年 講談社漫画賞創設
・1997年 『週刊少年マガジン』8月20・27日合併号が440万部(同誌史上最高)
・2002年 戦後初の赤字決算。「出版不況」が本格化
・2010年 講談社初の電子書籍として京極夏彦『死ねばいいのに』を刊行(小説)
・2019年 『進撃の巨人』が全世界で累計発行部数1億部を突破
雑誌の会社としての出発
歴史ページによれば、1916年創刊の『面白倶楽部』の発刊の辞にあった「おもしろくて、ためになる」という言葉が、現在まで一貫した編集方針になっている。『講談倶楽部』『少年倶楽部』『少女倶楽部』『キング』など、読者の層ごとに雑誌を出していく方式で、初期の9雑誌が1925年にそろった。
同じページは、戦時中について、業界トップだった必然として、軍の要請に沿った出版物を広める役割を担う苦い経験もあったと記している。戦後は文芸誌『群像』(1946年)、少女向けの『なかよし』(1954年)が創刊された。週刊少年マガジンは、雑誌を出し続けてきた会社が、1959年に新しい形の週刊誌として加えたものと読める。
週刊少年マガジンの創刊と最初の姿
講談社の媒体資料は、『週刊少年マガジン』の創刊を1959年3月とする。小学館の『週刊少年サンデー』は1959年3月17日の創刊と報じられており、同日とする資料も多いが、マガジンの日付そのものは公式の資料で確かめられなかった。
講談社の公式サイト「マガポケベース」は、創刊号について、漫画は時代劇や冒険もの、SF、ギャグなど5本で、連載小説やスポーツ情報、科学などのコラムも載る、子どもの興味を広く集めた総合情報誌だったと紹介している。ページ数は85ページ、価格は40円で、表紙は横綱の朝潮太郎だった。同記事は、2019年の号を459ページ、300円と紹介している。現在の定価は、講談社の媒体資料で400円とされる。
歴史ページは、1959年からの流れが、昭和40年代頃に「週刊誌時代・マンガ時代」と言われる社会状況を作ったと書く。
新人の入口の現在
『週刊少年マガジン』の新人向け公式サイトによると、編集部は『週刊少年マガジン』『別冊少年マガジン』『マガジンポケット』の3媒体を運営している。新人漫画大賞は年2回開かれ、『進撃の巨人』の諫山創や『はじめの一歩』の森川ジョージがここからデビューしたと紹介されている。新人の連載の決まり方は72で扱う。
440万部と28万1000部をどう読むか
440万部は、講談社が自社の歴史ページで示す、1997年8月20・27日合併号の1号の部数である。28万1000部は、日本雑誌協会が公表する印刷証明付き部数の、2026年4月から6月の3か月平均で、紙の雑誌の数字にあたる。2025年10月から12月は28万4333部、2026年1月から3月は28万3000部だった。集計の主体も期間も違うので、減少の割合は出さず、数字ごとの条件を併記するにとどめた。
評価の分かれる点
サンデーとマガジンの同時期の創刊は、「漫画週刊誌のはじまり」として語られることが多い。ただし、マガジンの創刊号が総合情報誌だったことは、講談社自身の記事が述べている。どの時点から漫画雑誌とみなすかは、基準によって変わるため、断定はしない。また、最高部数の比較は、集英社の653万部が発表値、講談社の440万部も自社の記述であり、公表の形式が同じとは限らない。
くらさんの考察
講談社の歴史ページは、2002年を戦後初の赤字決算の年として記し、同じページが2010年に初の電子書籍の刊行を載せる。出版不況と電子化の動きが同じ年表に並ぶことから、雑誌中心の経営から、デジタルと作品の二次展開へ重心が移ってきたと考えられる。ただし、歴史ページに載る初の電子書籍は小説であり、漫画の電子化の時期は別の資料で確かめる必要がある。
ジージへの問いかけ
1959年3月は、ジージが5歳のころです。『少年マガジン』や『少年サンデー』が出たころの、家や近所の少年の様子を覚えていますか。
講談社の『少年倶楽部』や『講談倶楽部』は、ジージの子どものころに身近な雑誌でしたか。
創刊号が子ども向けの総合情報誌だったという話は、当時の記憶と合いますか。
出典
・講談社 歴史(講談社公式) https://www.kodansha.com/jp/history/
・マガポケベース 過去の「週刊少年マガジン」1959年創刊号編(講談社公式) https://pocket.shonenmagazine.com/article/entry/history_20190414
・週刊少年マガジン編集部 新人向けサイト「マガジンで描く!」 https://debut.shonenmagazine.com/mochikomi/
・講談社 広告ステーション 週刊少年マガジン https://cstation.kodansha.co.jp/adstation/media/wmagazine
・日本雑誌協会 印刷証明付部数 週刊少年マガジン https://www.j-magazine.or.jp/user/printed2/mag/253
・オリコンニュース『週刊少年サンデー』今年3月創刊60周年 https://www.oricon.co.jp/news/2126745/full/
この記事を読んで浮かんだ疑問は、運営者ジージが漫画QAでくらさんに質問し、答えをそこに載せていきます。