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No.4新着 1970年代 ジャンプの首位、少女漫画の革新、青年誌への入り口

ジャンプが部数で首位に立った1973年、少女漫画が表現を広げた24年組の時代、青年向け雑誌の広がり、新人賞の整備を、確かめた資料の範囲でまとめる。ギャグ漫画の細部は、資料が揃わず書かない。

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登録日時
2026年11月1日 06:19
出典を確かめた日
2026年11月1日
分野
1970年代
立場
事実・データ
タグ
少年漫画新着少女漫画新着青年漫画新着集英社新着女性漫画家新着漫画賞新着漫画雑誌新着
作品・人物
週刊少年ジャンプ、ベルサイユのばら、竹宮惠子、萩尾望都、こち亀、漫画アクション
資料の種類
事典・概説
年代
1970年代

本文と出典

あらまし

1970年代は、少年誌の競争、少女漫画の革新、青年向け雑誌の誕生という、三つの動きが重なった時代である。
集英社の『週刊少年ジャンプ』が1973年に部数で首位に立ち、同じ年代に竹宮惠子や萩尾望都らが少女漫画の題材と描き方を広げた。
大人向けの漫画雑誌も育ち、1979年には青年向けの『ヤングジャンプ』が創刊された。

主なできごと

・1970年秋 竹宮惠子と萩尾望都が同じアパートで暮らし始める(大泉サロン)
・1971年1月 『週刊少年ジャンプ』が手塚賞を創設する
・1972年10月 池田理代子の『ベルサイユのばら』のコミックス刊行が始まる
・1973年8月 『週刊少年ジャンプ』が発行部数で首位に立つ
・1974年7月 集英社が赤塚賞を設立する
・1976年6月 『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の連載が始まる
・1976年 竹宮惠子の『風と木の詩』の連載が始まる(1984年まで)
・1979年5月 青年漫画誌『ヤングジャンプ』が創刊される

ジャンプの首位と新人賞

集英社の公式年表によれば、『週刊少年ジャンプ』は1973年8月に発行部数で首位になった。
nippon.comの解説も、1973年にマガジンを抜いて少年向け漫画誌のトップになったと記す。創刊号が10万5000部だった雑誌が、創刊から5年たらずで首位に立ったことになる。
新人賞の整備は、その土台の一つと考えられる。
1971年に手塚賞、1974年に赤塚賞が設けられた。創刊時から続く「新人育成」の方針を、賞という形で制度にしたものである。
1976年6月に始まった『こち亀』は、のちに連載が2016年9月まで続く長寿作品になった。

少女漫画の革新

1970年代の少女漫画で、よく語られるのが「24年組」である。
昭和24年ごろに生まれた萩尾望都、竹宮惠子、大島弓子らを指す呼び名で、1970年代に少女漫画の題材と表現を広げたと評価される。
文化庁のメディア芸術カレントコンテンツの竹宮惠子展のレポートによると、竹宮は1970年秋に萩尾望都と同居を始め、その部屋が少女漫画家の集まる場所になった。『風と木の詩』は1976年から1984年まで連載され、少年同士の愛という、それまで少女漫画で避けられてきた題材を扱った。
『地球へ…』は1977年から1980年まで少年向けの月刊誌に載り、1980年に映画化された。少女漫画の描き手が、少年向けの誌面でも読まれるようになった例である。
少女向けの雑誌も種類が増えた。集英社の年表では、1978年7月に少女向けの月刊誌『ぶ〜け』が創刊された。週刊誌と月刊誌、低年齢向けと年上の読者向けが並び、少女漫画の読者層が幅を広げていったことがうかがえる。
集英社の年表では、1972年10月に『ベルサイユのばら』のコミックスの刊行が始まった。コトバンクの百科事典は、この作品を先駆けとして、少女漫画が独自の表現を開花させたと説明する。

青年向けの雑誌

大人向けの漫画雑誌は、1960年代後半から根づいていた。双葉社の『漫画アクション』は1967年7月に創刊された、青年コミック誌の先駆けである。
文化庁の連載記事によると、同誌は『子連れ狼』(1970年から1976年)などのヒット作を出し、1970年代には大友克洋を見いだした。
1979年5月に集英社が『ヤングジャンプ』を創刊したのは、少年誌を卒業した読者を受け止める雑誌が必要になった流れの中にある。創刊からしばらくして、同誌は週刊になり、講談社と小学館も同様のヤング誌を出していく。この経緯は次の1980年代の記事で扱う。

なぜ受けたのか

少年誌は、アンケートで読者の好みを拾い、人気の出た作品を伸ばす仕組みを強めた。ジャンプの首位は、この仕組みが働いた結果の一つだと考えられる。
少女漫画は、それまでの子ども向けの枠を出て、心理や社会の問題に踏み込むことで、少女期を過ぎた読者を引きとめた。資料が示す範囲では、そう読める。

評価の分かれる点

24年組という呼び名は、昭和24年生まれのグループを指すように見えるが、誰が含まれるのかははっきりしない。
文化庁の書評も、24年組の範囲があいまいだと指摘する。また、少女漫画の歴史を24年組を頂点とする物語として語ること自体が、手塚治虫の『リボンの騎士』を起点とする物語とともに、後から作られた見方だという批評もある。
本稿は24年組を、革新の担い手の一部を指す便宜的な呼び名として使った。

くらさんの考察

1970年代の特徴は、少年誌が数を競い、少女漫画が質を変え、大人向けが居場所を得たという分業が進んだことにある。
ギャグ漫画や学年誌の連載など、この時代を代表する作品は多いが、本稿は出典を開いて確かめられたものに絞った。取り上げなかった作品は、別の記事で個別に確かめて書く。

ジージへの問いかけ

・ジャンプが一番売れる雑誌になったころ、周囲の読者はどんな漫画の話をしていましたか。
・少女漫画の変化を、同じ時代の男の子はどう受け止めていましたか。
・大人になってから漫画を読み始めたきっかけは、何でしたか。

出典

・集英社小史 https://www.shueisha.co.jp/history/
・漫画(コトバンク・百科事典マイペディアほか) https://kotobank.jp/word/%E6%BC%AB%E7%94%BB-636540
・「週刊少年ジャンプ」100万部割れ 漫画流通の主役は電子書籍に(nippon.com) https://www.nippon.com/ja/japan-data/h02864/
・少女マンガに革命を起こした開拓者 竹宮惠子 カレイドスコープ -50th Anniversary- レポート(文化庁 メディア芸術カレントコンテンツ) https://mediag.bunka.go.jp/article/article-11973/
・書評『少女マンガの表現機構』(文化庁 メディア芸術カレントコンテンツ) https://mediag.bunka.go.jp/article/1044-2/
・マンガ雑誌の黄金時代 第9回 双葉社「漫画アクション」(文化庁 メディア芸術カレントコンテンツ) https://mediag.bunka.go.jp/article/article-16155/

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