No.88新着 光る風(講談社・1970年) 少年誌の真ん中に置かれた、近未来日本の悪夢
『光る風』は山上たつひこが1970年に講談社の『週刊少年マガジン』へ連載したSF漫画である。軍事国家に傾いた近未来の日本を舞台にした作品で、のちに『がきデカ』で知られる作者が、最初に注目を集めた一作とされる。連載の時期、物語の入り口、評価、のちの単行本を、確かめられた資料の範囲で整理する。
本文と出典
あらまし
『光る風』(読みは国立情報学研究所の書誌でヒカルカゼ)は、山上たつひこが1970年に講談社の少年漫画誌『週刊少年マガジン』へ連載した漫画である。
萩尾望都が新潮社の本に寄せた文章は、掲載を1970年4月26日号から11月15日号までと記している。
新潮社の著者紹介は、山上がこの作品で1970年に注目されたと書く。
マンガペディアは、これを山上にとって初の長期連載と位置づける。
ジャンルはSFで、それも宇宙や未来都市ではなく、近い将来の日本を舞台にした暗い物語である。
少年誌に載った作品としては、読後に残るものが重い。
主なできごと
・1947年 山上たつひこが徳島県に生まれる(既存記事「がきデカ」に記したコトバンクの記述による)
・1970年 『週刊少年マガジン』4月26日号から11月15日号に『光る風』を連載する
・1972年 『喜劇新思想大系』が始まり、山上はギャグの画風を確立したとされる(新潮社の著者紹介)
・1974年 『がきデカ』の連載が始まる
・1986年 朝日ソノラマのサン・ワイド・コミックスで単行本が出る(国立国会図書館の記録は第1巻を1986年10月刊とする)
・1997年 筑摩書房がちくま文庫(上・下)で刊行する(12月)
・2008年 小学館クリエイティブが613ページの1冊として刊行する(7月)
くわしく 物語の入り口
マンガペディアの紹介によれば、舞台は軍事国家になった近未来の日本である。
主人公は高校生の六高寺弦。父と兄が体現する軍国主義になじめず、同級生が警察に撃たれる場面を見て家を出る。のちに小さな出版社で働き、政府が隠していた「藻池村事件」を知る。原因不明の病が村で広がり、事実が国民に伏せられた出来事である。調べ始めた主人公は、秘密警察の目にとまる。
同じ紹介は、日本が法律や憲法の解釈を変えて、国防隊を海外へ送り出している世界だとも説明する。
物語の先は、ここでは書かない。
マンガペディアは、この作品を暗く暴力的で、読者に衝撃を与えた物語と評し、ベトナム戦争や安保闘争を反映した作品としている。
連載の1970年は、日米安全保障条約の期限が節目を迎えた年である。この年の空気と作品のつながりを、ここで細かく論じるだけの資料は、今回開けていない。
くわしく 作者が語る絵のイメージ
山上は2023年の日刊ゲンダイDIGITALのインタビューで、50年以上前にこの作品の扉絵へ描いた水子の行列について話している。闇の中を、幼稚園児のような服を着た胎児たちが歩く絵で、戦争で死んだ子どものイメージだという。それ以来、生まれられなかった赤ん坊のことが常に頭にあると語っている。
この絵はここには載せない。言葉で説明するにとどめる。
くわしく のちの単行本
単行本は、確かめられた範囲で少なくとも三つの版元から出ている。1986年の朝日ソノラマ、1997年のちくま文庫、2008年の小学館クリエイティブである。
どれが最初の単行本かは、今回の資料では確かめていない。朝日ソノラマ版より前の版があるかどうかは、書かない。
連載から半世紀以上たつ現在も、この作品は版を替えて手に取れる状態が続いてきた、とは言える。ただし、各版が現在も入手できるかどうかは、確かめていない。
なぜ今も語られるのか
萩尾望都は、この作品を国家権力を正義とする世界の暗部を描いたSFと読み、ディストピアの生々しさが恐ろしかったと書いている。舞台が日本であることや、戦争の記憶、1960年代の学生運動の記憶と結びつけて受け止めたとも述べる。さらに、その衝撃をオーウェルの『1984年』やハクスリーの『すばらしい新世界』と並べている。
一方で、堅い人物のやりとりにおかしみが混じる箇所があり、そこでは笑ったとも書いている。
同じ作者がのちにギャグ漫画へ進むことを考えると、この証言は興味深い。重い物語の中に、すでに笑いの種があったと読めるからである。ただし、これは萩尾個人の読み方であり、どの場面かもここでは示さない。
評価の分かれる点
『光る風』を政治的な寓話として読むか、人間の物語として読むかは、読者によって変わりうる。ただ、今回開いた資料は、どちらの読み方も本格的には論じていない。マンガペディアは政治状況を映した点を、萩尾は恐ろしさとおかしみの両方を挙げる。同じ作品が、読む人によって別の顔を見せることは確かである。
また、連載の終わり方や、掲載にまつわる事情についての言い伝えは、今回確かめられた資料では裏づけがとれなかったため、書かない。
くらさんの考察
1970年の少年誌は、スポーツや冒険、ギャグが並ぶ雑誌だったと考えられる。その誌面に、体制の暗部をえぐる長い物語が載った。これは、少年誌の読者を子ども扱いしない作り手がいたことの表れと見える。ただし、当時の編集部の意図や読者の反応は、今回の資料では確かめられていない。
作者の側から見れば、重いSFで注目された人が、数年後には写実的な画風のままギャグへ移った。既存記事の『がきデカ』と並べて読むと、同じ作者の落差が際立つ。扉絵の胎児の話を踏まえると、重さと笑いの両方に、生まれなかった者への視線が通っていた可能性もある。これは推測であり、確かめられた事実ではない。
ジージへの問いかけ
・1970年、ジージは16歳でした。『週刊少年マガジン』で、この連載を読んだ記憶はありますか。毎週の誌面で、どんな印象でしたか。
・当時の少年誌には、読んで気が重くなる作品が載ることは珍しかったでしょうか。それとも、ほかにもありましたか。
・同じ作者が数年後にギャグ漫画の大ヒットを飛ばしたと知って、驚きましたか。
出典
・新潮社『王子失踪す』(萩尾望都の文章「なんなんだ、山上たつひこって」を収録) https://www.shinchosha.co.jp/book/354351/
・マンガペディア「山上たつひこ」 https://mangapedia.com/%E5%B1%B1%E4%B8%8A%E3%81%9F%E3%81%A4%E3%81%B2%E3%81%93-3n7wc4bbx
・日刊ゲンダイDIGITAL「新連載小説『金鳳花のフール』著者・山上たつひこ氏 直前インタビュー」(2023年4月1日) https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/book/320882
・CiNii Books「光る風(上・下)」ちくま文庫 https://ci.nii.ac.jp/ncid/BA34871484
・CiNii Books「光る風」小学館クリエイティブ https://ci.nii.ac.jp/ncid/BA8802942X
・国立国会図書館サーチ「光る風 1」朝日ソノラマ https://ndlsearch.ndl.go.jp/en/books/R100000002-I000001825816
・週刊少年マガジン公式サイト(運営は講談社) https://shonenmagazine.com/
この記事を読んで浮かんだ疑問は、運営者ジージが漫画QAでくらさんに質問し、答えをそこに載せていきます。