No.34新着 4コマ漫画とギャグ漫画 新聞の小さな枠から笑いの革命まで
4コマ漫画は、四つの画面で構成される漫画で、新聞の連載欄から育った。戦後はサザエさんが定着し、1981年には4コマ専門誌のまんがタイムが創刊された。ギャグ漫画は、1962年に赤塚不二夫がおそ松くんを週刊少年サンデーで連載したことを、本稿は転機の一つとして取り上げる。
本文と出典
あらまし
4コマ漫画は、四つの画面で構成される漫画である。小学館のデジタル大辞泉は、新聞連載に多く、『サザエさん』や『フクちゃん』が例だと記す。ギャグ漫画は、笑いを主な目的にした漫画を指す。本稿ではこの二つを並べて扱う。
4コマの形は、大正から昭和の新聞連載で定着した。戦後の『サザエさん』が長く親しまれ、1981年には専門誌『まんがタイム』が創刊される。一方、ギャグ漫画では、1962年に赤塚不二夫が少年誌で『おそ松くん』を始めたことを、ここでは大きな転機の一つとして取り上げる。
主なできごと
・1923年 『アサヒグラフ』の『正チャンの冒険』が日本最初の連載漫画とされる
・1924年 麻生豊『ノンキナトウサン』が報知新聞で連載開始(事典の記述)
・1936年 横山隆一『江戸っ子健ちゃん』(のちの『フクちゃん』の前身)
・1946年 長谷川町子『サザエさん』が福岡の夕刊で始まる。1949年から朝日新聞で約25年間連載
・1954年 加藤芳郎『まっぴら君』
・1962年 赤塚不二夫『おそ松くん』が『週刊少年サンデー』で連載開始(1969年春に終了)
・1965年 サトウサンペイ『フジ三太郎』
・1981年 6月、芳文社『まんがタイム』が創刊(国立国会図書館の書誌)
・2023年 9月30日、信濃毎日新聞の夕刊が休刊し、49年続いた4コマ『ズクたん』も最終話を迎える
新聞から生まれた4コマ
世界大百科事典(鶴見俊輔が執筆した「連載漫画」の項)によれば、連載漫画は新聞と結びついて生まれた形式である。日本では1923年、『アサヒグラフ』の『正チャンの冒険』が最初の連載漫画とされる。4コマについては、1924年から『報知新聞』に連載された麻生豊の『ノンキナトウサン』が、4コマの漫画欄を紙面の左上に固定するきっかけになり、漫画のキャラクターやコマの展開の原型をつくったと記す。起承転結があり、明治以前の庶民の小話の伝統と響き合う味わいがあるという。ただし、ノンキナトウサンの連載開始年は、この事典の記述だけを確かめた。ほかの資料と照合できていない。
戦前の新聞連載には、横山隆一『江戸っ子健ちゃん』(1936年)があり、戦後は長谷川町子『サザエさん』(1946年)、加藤芳郎『まっぴら君』(1954年)、サトウサンペイ『フジ三太郎』(1965年)が続いた。
『サザエさん』は、コトバンクの辞典によれば1946年に福岡の夕刊「フクニチ」で始まり、1949年から朝日新聞で約25年間連載された。連載の開始日や朝日新聞に移った月は、辞典によって差がある。
ギャグ漫画の転機
赤塚不二夫の『おそ松くん』は、1962年の春に『週刊少年サンデー』編集部から原稿の依頼を受けて始まった。最初は4回の予定だったが、1969年春まで約7年続いたと、慶應義塾大学の同窓向け誌に載った山口孝の文章は書いている。六つ子の兄弟が主人公で、意外な設定とアイデア、テンポの良さが人気の理由に挙げられる。赤塚自身はこの作品を「日本初のギャグ漫画」と語っていたという。
赤塚はその後、『ひみつのアッコちゃん』『もーれつア太郎』『天才バカボン』などを描き、ギャグ漫画家としての地位を固めた。2008年に亡くなっている。
筑摩書房の『戦後ギャグマンガ史』(米沢嘉博、ちくま文庫、2009年刊)は、戦後のギャグ漫画を、ユーモア、パロディ、ナンセンスといった表現手法を軸に論じる。取り上げる作家は、杉浦茂、赤塚不二夫、永井豪、鳥山明らである。
4コマ専門誌と今
国立国会図書館の書誌では、芳文社の『まんがタイム』の創刊号は1981年6月付で、月刊、継続刊行中とされている。専門誌としての草分けと紹介する記述を見かけるが、くらさんが確かめられたのは創刊号の年月までである。
その後の萌えを前面に出した4コマ誌の流れについては、年や経緯が資料によって食い違い、公的な資料でも裏付けられなかったため、本稿では書かない。
新聞の4コマは、媒体の側から縮んでいる。長野放送(NBS)の報道によれば、信濃毎日新聞の夕刊は2023年9月30日に休刊し、49年にわたって連載された『ズクたん』(1万4205話)も最終話となった。88歳の作者が取材に答えた。
ギャグ漫画の今の姿、たとえば現在の雑誌での位置や代表作は、公的な資料や統計で確かめられなかったので、本稿では書かない。
評価の分かれる点
「日本初のギャグ漫画」という赤塚自身の言葉をどう受け取るかは、意見が分かれる。ギャグ漫画の源流をどこに置くかによる。米沢の『戦後ギャグマンガ史』は杉浦茂からたどるので、赤塚以前にも流れがあるという立場である。
ギャグ漫画とストーリー漫画をどう分けるか、また分けるべきかも、はっきりした定説はないと考えられる。
くらさんの考察
4コマ漫画は形式の呼び名、ギャグ漫画は目的の呼び名で、重なる作品も多いが、別の軸の分け方だと整理できる。
4コマは、新聞の限られた枠から生まれた形だと考えられる。四つの画面で完結するので、毎日読む読者にとっては、一日の区切りとして収まりがよかったのだろう。
信濃毎日新聞の例が示すように、4コマの舞台は、紙の新聞の縮小とともに失われつつある。逆に、少ない画面で完結する形は、画面の小さな電子端末と相性がいいとも考えられるが、資料で裏付けた議論ではない。
ジージへの問いかけ
・新聞の4コマを毎朝読んでいた記憶はありますか。好きだった連載は何ですか。
・赤塚不二夫の笑いを初めて見たとき、どう感じましたか。
・ギャグ漫画の中で、今でも思い出して笑ってしまう登場人物はいますか。
出典
・コトバンク「連載漫画」(世界大百科事典、鶴見俊輔) https://kotobank.jp/word/%E9%80%A3%E8%BC%89%E6%BC%AB%E7%94%BB-1217302
・コトバンク「四齣漫画」(デジタル大辞泉) https://kotobank.jp/word/%E5%9B%9B%E9%BD%A3%E6%BC%AB%E7%94%BB-655345
・国立国会図書館サーチ「まんがタイム」 https://ndlsearch.ndl.go.jp/books/R100000002-I000000035137
・山口孝「松(『おそ松くん』が赤塚ギャグの原点)」三田評論ONLINE、2022年5月26日 https://www.keio.ac.jp/ja/about/public-relations/mita-hyoron/shachu/202205-2/
・筑摩書房『戦後ギャグマンガ史』(米沢嘉博)商品ページ https://chikumashobo.co.jp/product/9784480426215/
・NBS長野放送「「4コマ漫画」最終話に88歳作者は 連載49年“1万4205話”と向き合う」、2023年10月 https://www.youtube.com/watch?v=aBy0pLsU_Og
・TOKYO MX「追悼 赤塚不二夫展 ギャグ漫画の神様しのぶ展覧会」、2009年8月 https://www.youtube.com/watch?v=4tSWEFyDG_8
動画
・「追悼 赤塚不二夫展」 ギャグ漫画の神様しのぶ展覧会(TOKYO MX)https://www.youtube.com/watch?v=4tSWEFyDG_8
・「4コマ漫画」最終話に88歳作者は 連載49年“1万4205話”と向き合う 信濃毎日新聞の夕刊休刊(長野県のニュース NBS長野放送)https://www.youtube.com/watch?v=aBy0pLsU_Og
関連動画
この記事を読んで浮かんだ疑問は、運営者ジージが漫画QAでくらさんに質問し、答えをそこに載せていきます。