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No.214 風の谷のナウシカ(徳間書店アニメージュ・1982年) 映画をはさみ12年続いた、宮崎駿ただ一つの長編漫画

宮崎駿が月刊『アニメージュ』に1982年から1994年まで描いた長編漫画。映画化などで何度も休載し、単行本は全7巻になった。映画は原作の途中までを描いたもので、休載の回数や最終巻の発売月は資料ごとに食い違う。

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登録日時
2026年11月5日 19:45
出典を確かめた日
2026年11月5日
分野
名作を読む
立場
事実・データ
タグ
SF・ファンタジー漫画雑誌新着アニメ化・映像化新着
作品・人物
宮崎駿、風の谷のナウシカ、徳間書店、アニメージュ
資料の種類
報道・統計
年代
1982年、1980年代

本文と出典

あらまし

『風の谷のナウシカ』は、宮崎駿が徳間書店のアニメ雑誌『アニメージュ』に描いた漫画である。連載は1982年2月号に始まり、1994年3月号で終わった。徳間書店の発表を伝える文化通信社の記事は、映画化に伴う休載をはさみながら足かけ12年続いたと書いている。
舞台は、文明が崩れたあとの遠い未来の世界である。人びとは、有毒な菌類の森が広がる土地のすき間で暮らしている。若い族長の娘が、森と人間の関係を探りながら、国どうしの争いにも巻き込まれていく。ここまでが作品の入り口で、物語の行き先はここでは書かない。

主なできごと

・1982年2月 『アニメージュ』で連載開始(2月号)
・1983年 単行本の第1巻・第2巻が出る(1巻は前年9月の初刷があるとする資料がある)
・1984年3月 アニメ映画が公開される
・1984年12月 第3巻(資料により発売日の書き方が異なる)
・1987年 第4巻
・1991年 第5巻
・1993年 第6巻
・1994年3月 最終回を載せた号(3月号)が出る
・1994年 日本漫画家協会賞の大賞(第23回)
・1994年12月または1995年1月 第7巻(資料により異なる)

くわしく 途切れ途切れの12年

連載は、ずっと続いたわけではない。徳間書店の発表を伝える記事は、映画化に伴う休載があったと述べている。日本語版ウィキペディアは、長編アニメ映画の制作などを理由に4度の中断があったと書き、期間を1983年7月号から1984年7月号、1985年6月号から1986年11月号、1987年7月号から1990年3月号、1991年6月号から1992年2月号と挙げる。ほかにも休載号があるとも注記している。
英語版ウィキペディアは、数え方も期間も少し違う。1983年の6月号の後に映画の制作で休み、1984年8月に再開。1985年5月号の後に別の映画の制作で休み、1986年12月に再開。1987年6月号の後に休み、1990年4月に再開。1991年5月号の後に休み、1993年3月に再開、と書く。両者の月は1、2か月ずつずれ、最後の中断の終わりは1992年とも1993年とも読める。どちらかが正しいとは確かめられなかったので、休載が複数回あり、1980年代の半ばから1990年代の初めにかけて長い空白が三度あったことまでを事実として扱う。
映画化の経緯について、英語版ウィキペディアは次のように書く。雑誌側がまず15分ほどの映像を提案し、宮崎は60分のビデオ作品を逆提案し、徳間書店が劇場映画を持ちかけたという。この経緯は日本語の公式資料では確かめられていない。

くわしく 単行本と映画との違い

単行本は徳間書店のアニメージュコミックス・ワイド判で、全7巻である。巻ごとの発売年は資料がほぼ一致する。第1・2巻が1983年、第3巻が1984年、第4巻が1987年、第5巻が1991年、第6巻が1993年、第7巻が1994年とするのが文化通信社の記事だ。アニメ情報サイトのアニメ!アニメ!は、第7巻を1994年12月と書く。日本語版ウィキペディアは1995年1月15日とする。英語版ウィキペディアは本文で1995年1月、表では1994年12月とし、同じ資料の中でも揺れている。
映画との違いについて、アニメ!アニメ!は、映画のストーリーは単行本の第2巻の途中までだと伝えている。残りの大半は、映画には入っていない部分である。日本語版ウィキペディアは、原作の主要な要素の多くが映画に登場しないと整理する。英語版ウィキペディアも、原作のほうが舞台や勢力、人物が多いと述べる。映画の結末と原作の結末は大きく違うが、ここでは触れない。

なぜ今も語られるのか

映画の公開時の成績は、いまほど目立つものではなかった。日本ドットコムの記事は、公開当初は知名度が低く、配給収入は7億円強にとどまり、のちにテレビ放映で人気を集めたと書いている。映画が広く知られるにつれて、原作に手を伸ばす読者が増えたと考えられる。英語版ウィキペディアも、映画の公開後に原作の売れ行きが大きく伸びたと記すが、数字は示していない。
連載の完結後も、原作は読み継がれてきた。徳間書店は2021年1月、全7巻の累計発行部数が1,700万部を超えたと発表した。2019年12月には尾上菊之助が新作歌舞伎として舞台化し、2020年6月からはスタジオジブリの映画4作の再上映の一つとして映画版が上映され、それが認知を広げたと記事は伝える。一方、日本語版ウィキペディアは「2023年7月時点で1,780万部超」と書き、徳間書店の広報の投稿を根拠に挙げる。この投稿は開いて確かめられていない。累計の数え方(紙か電子か、再編集版を含むか)も、どの資料にも書かれていなかった。
賞としては、1994年(第23回)の日本漫画家協会賞で大賞を受けた。協会の公式ページで確かめた。同じ回の文部大臣賞は「ドラえもん」藤子・F・不二雄である。

評価の分かれる点

作品の受け止め方は一つではない。映画のほうが入りやすいと感じる人もいれば、原作の世界の広さを高く評価する人もいる。英語版ウィキペディアは、原作を宮崎の最良の仕事と評する批評家と、英語版の絵が小さく詰まっていると評する批評家の両方を挙げている。どちらの評価も、資料に書かれていることを紹介したにとどまる。
また、完結の仕方をどう受け止めるかも一致しない。日本語版ウィキペディアによれば、宮崎本人は、体力と時間の限界があったと語っている。この発言の出典は確かめられていないので、本人の言葉としてではなく、そう書く資料がある、という扱いにとどめる。

くらさんの考察

この作品の特徴は、連載の形が内容に影響している点にあると考えられる。映画や別のアニメ作品の制作のたびに休載し、再開してはまた休んだ。宮崎は後年、世界観を問い直しながら描き進めたと伝えられるが、その中身は確かめられていない。休載の長さは、考え直す時間を作ったのかもしれないし、勢いを削いだのかもしれない。どちらとも決められない。
月刊のアニメ雑誌に載った漫画が、映画を生み、映画の成功が原作の読者を増やした。この流れは、漫画とアニメーションが同じ作り手の中で行き来した例として読める。映画から入った読者が、全7巻を読んで別の物語に出会うという道は、いまも開かれている。

ジージへの問いかけ

・連載の途中で長い休みが何度も入る漫画を、リアルタイムで待っていた読者はどんな気持ちだったと思いますか。
・映画を先に観た人と、原作を先に読んだ人とでは、作品の印象はどう違うでしょうか。
・ジージが若いころ、雑誌の連載が映画やテレビになった例で、記憶に残っているものはありますか。

出典

・文化通信社(The Bunka News)「徳間書店 コミックス『風の谷のナウシカ』が累計1700万部突破」 https://www.bunkanews.jp/article/226312/
・アニメ!アニメ!「宮崎駿『風の谷のナウシカ』原作コミックス、累計発行部数1700万部突破!」 https://animeanime.jp/article/2020/12/24/58467.html
・nippon.com「〈1984年の今日〉3月11日『風の谷のナウシカ』公開」 https://www.nippon.com/ja/japan-topics/today03110/
・日本漫画家協会「日本漫画家協会賞」 https://nihonmangakakyokai.or.jp/about/about07
・ウィキペディア(日本語)「風の谷のナウシカ」 https://ja.wikipedia.org/wiki/風の谷のナウシカ
・ウィキペディア(英語)「Nausicaä of the Valley of the Wind (manga)」 https://en.wikipedia.org/wiki/Nausica%C3%A4_of_the_Valley_of_the_Wind_(manga)

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