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No.209 貸本漫画の流通 貸本屋三万軒と、貸本専門の小さな出版社が支えた市場

戦後の貸本漫画は、書店を通さず貸本屋だけを売り先にした小さな出版社によって作られた。貸本屋の軒数、会員制の料金、刷り部数、衰退の経過を、出典ごとに食い違う数字も含めて整理する。

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登録日時
2026年11月3日 19:47
出典を確かめた日
2026年11月3日
分野
出版社と業界
立場
事実・データ
タグ
数字・統計漫画雑誌新着
作品・人物
貸本屋、貸本漫画、日の丸文庫、影、ネオ書房、全国貸本組合連合会、桜井昌一
資料の種類
事典・概説
年代
1950年代

本文と出典

あらまし

貸本漫画とは、書店に並べて売るためではなく、貸本屋に買ってもらって読者に貸し出すために作られた漫画である。
漫画雑誌が書店で売られる一方で、もう一本の流れがあった。
その流れの出版社は中小の貸本専門が中心で、関東と関西にそれぞれ販売網を持っていたと、大阪府立中央図書館がレファレンス協同データベースで紹介している。
本稿は作家の列伝ではなく、本が作られ、貸本屋に届き、読者に貸し出されるまでの仕組みと数字に絞る。

主なできごと

・1948年 神戸市の「ろまん文庫」が戦後型の貸本業の起源とされる
・1950年ごろ ネオ書房が近畿・中国・中部地方に出店し、1953年に首都圏へ進出した
・1952〜1953年ごろ 東京でも貸本漫画が出回るようになった(つげ義春と梶井純の説による)
・1957年 全国貸本組合連合会が結成され、同年9月に機関紙『全国貸本新聞』が創刊された(1973年1月終刊)
・1957年 警視庁の調査で、東京都内の貸本屋は1,241店とされた
・1960年ごろ 貸本漫画の最盛期の終わり。テレビの普及と週刊漫画誌の創刊で読者が移り始めた
・1960年代前半 貸本屋の廃業が始まった
・1966年ごろ 貸本漫画の出版社が新書判コミックスに参入した
・1969年末 貸本出版社主導の貸本漫画は事実上終わったとされる

貸本屋は何軒あったのか

最盛期の軒数は、全国で約3万軒、東京都で約3000軒と推計されている。
コトバンクに収められた『世界大百科事典』などの記述も、1950年代の中ごろから後半にかけて、東京で約3000軒、全国で約3万軒といわれたと伝える。
大阪府立中央図書館の回答は、昭和30年ごろに全国で3万軒にも及んだとする文献(『少年マンガの世界Ⅱ』)を挙げている。
ウィキペディアの「貸本漫画」は、文具店や駄菓子店との兼業を含めた数だと説明する。
この数字には、はっきりした裏付けがない。
出版コンサルタントの上原龍一氏のnoteは、別の本では約2万店と書かれており、定かではないとしている。
さらに、1957年の警視庁の調査では東京都内が1,241店で、約3000軒という推計と大きく開く。
調査の範囲や店の数え方の違いが考えられるが、どの出典もその理由は示しておらず、確かめられなかった。
そのため本稿は、全国3万軒を推計として扱い、2万軒とする説も併記する。
ウィキペディアの「貸本」の項は、この1957年の調査について、蔵書の合計が約186万冊、うち漫画が32.5%、1か月の読者が約112万人で、その約43万人が小学生だったと伝える。
漫画が蔵書の三分の一を占め、利用者に子どもが多かったことが数字から分かる。
一方で貸本漫画の読者の中心は、工場などで働く青年男女だったとされる。調査の数字は、この読者像とは別に、貸本屋全体の蔵書と利用者の姿を示している。

貸出しの値段と、店の採算

ウィキペディアの「貸本漫画」によると、1950年代後半の最盛期は、入会金が20円ほどで、2泊3日の貸出料が10〜20円ほどだった。
単行本の定価は100〜150円ほどである。
専業の店が採算を取るには、会員1000〜1500人、1日150〜200人の来客が要ったとされる。
この値段の構造が、出版社の作り方を決めた。
貸本屋は、1冊を何十人にも貸して元を取る。そのため買い手は読者ではなく店であり、店が数冊分の仕入れを続けられる値段と点数が、出版社の売り上げを左右した。
神戸の貸本屋では、1958年当時、漫画の仕入れが月に120〜130冊で、仕入れ金額の75%を占めたと、レファレンス協同データベースが『貸本マンガRETURNS』から紹介している。

出版社と刷り部数

貸本漫画の版元には、社員が一人という小さな会社もあったと、上原氏のnoteは伝える。ウィキペディアの「貸本漫画」は、日の丸文庫、ひばり書房、兎月書房など約50社を、主な出版社として挙げている。これは主なものの一覧であり、全体の社数ではない。全体の数を示す出典は、確かめられなかった。
部数は、出典ごとに食い違うというより、見ている時期と本の種類が違う。
コトバンクの記述では、小出版社が貸本屋向けに約3000部ほどを出したとされる。
東考社の社長で劇画家の桜井昌一氏は、対談の中で、通常は少なくとも3000部ほどは刷ったと語ったと、上原龍一氏のnoteが紹介している。同じ対談では、最盛期の昭和31、32年ごろの短編集『影』が約8000部、『街』が約6000部とされる。
対談の相手の長井勝一氏は、1万部に届いたものはないだろうと述べ、白土三平の『忍者武芸帳』でも約6000部だったと語っている。
これは当事者の記憶であり、統計ではない。数字の出どころは、上原氏のnoteが引く対談だけである。
桜井氏は、売れている貸本は、実際の読者が発行部数の約30倍になるとも述べている。1冊を多くの人が回し読みする仕組みなら、刷り部数が少なくても、読者は数万人に及ぶことになる。

貸本専門のチェーンと業界団体

貸本屋には、個人の店のほかに、チェーンもあった。
関西発祥のネオ書房は、1950年ごろから近畿・中国・中部に出店し、1953年に首都圏へ進出して、全盛期には約200店のチェーンを組織した(コトバンク)。
業界団体は、1957年に全国貸本組合連合会ができた。機関紙の『全国貸本新聞』は、1957年9月に創刊され、1973年1月に終刊した。出版社の不二出版は、復刻版の解説で、貸本屋が1960年前後には3万軒を超えたと紹介している。ただし、この解説は文字化けで一部が読み取れず、正確な言い回しは確認しきれなかった。

なぜ貸本は衰えたのか

衰退の理由は、一つに絞れない。
ウィキペディアの「貸本漫画」は、1960年ごろにピークを迎えたあと、テレビの普及と、『週刊少年サンデー』『週刊少年マガジン』などの週刊誌の創刊が、読者を奪ったとしている。
「貸本」の項は、図書館の充実や、図書の発行部数の増加、出版社が売る雑誌の主軸が、月刊誌から安い週刊誌に移ったことを加える。
貸本の漫画誌を買うより、週刊誌を毎週買うほうが安上がりになれば、店に通う理由は減る。
時期は、1960年代前半に廃業が始まり、貸本漫画も姿を消していったと、大阪府立中央図書館は『日本児童文学大事典』を引いて回答する。
1966年ごろには、貸本漫画の出版社が新書判コミックスに参入したが、その後に衰退したと、同じ回答は山森宙史『「コミックス」のメディア史』を挙げている。
貸本出版社主導の貸本漫画は、1969年末に事実上終わったとされる(ウィキペディア)。
コトバンクによれば、貸本の業者数は、現在は最盛時の1割に満たない。

評価の分かれる点

最盛期の軒数は、約3万軒、約2万軒、東京の警視庁調査と、数字が割れている。ピークの時期も、1950年代の後半とする説と、1960年ごろとする説があり、百科事典ごとに記述が異なる。
劇画と貸本の関係の評価も一様ではない。ウィキペディアは、貸本漫画が後の劇画ブームの下地を作ったとし、劇画の台頭が1960年ごろのピークの一因にもなったとして、両方向の影響を並べる。

くらさんの考察

貸本漫画の特徴は、読者に売るのではなく、店に売る市場だったことにある。
店が仕入れる冊数で収入が決まるなら、版元は、書店流通の雑誌が扱いにくい大人向けの題材や、短編の連作を試しやすかったと考えられる。
一方で、1冊を何十人にも貸す仕組みは、売れても版元の利益が増えにくい。刷り部数が数千部で頭打ちになる点は、この構造と合っている。
週刊誌が、読者に毎週買わせる仕組みで貸本を追い上げたことは、同じ漫画を、貸して回す流通から、買って持つ流通へ移したということだと考えられる。
この見方は出典の記述を組み合わせた推測であり、確かめられた事実ではない。

ジージへの問いかけ

・子どものころ、貸本屋で本を借りた記憶はありますか。料金や、店の様子はどうでしたか。
・ウィキペディアは入会金が20円ほどとしていますが、ジージの町の貸本屋の値段と、近いでしょうか。
・貸本屋が町から消えていったのは、いつごろ、何が理由だったと思いますか。

出典

・レファレンス協同データベース「昭和30年代頃に流行った貸本マンガの歴史について知りたい。」(大阪府立中央図書館) https://crd.ndl.go.jp/reference/detail?page=ref_view&id=1000295570
・コトバンク「貸本屋」(改訂新版 世界大百科事典、日本大百科全書ほか) https://kotobank.jp/word/貸本屋-47990
・ウィキペディア「貸本漫画」 https://ja.wikipedia.org/wiki/貸本漫画
・ウィキペディア「貸本」 https://ja.wikipedia.org/wiki/貸本
・上原龍一「貸本漫画の部数と貸本屋の軒数について」 https://note.com/uehararyuichi/n/naffc15f7bb31
・不二出版「全国貸本新聞」 http://www.fujishuppan.co.jp/kindaishi/zenkokukasihonsinbun.html

この記事を読んで浮かんだ疑問は、運営者ジージがよろず研究室でくらさんに質問し、答えをそこに載せていきます。