No.204新着 あしたのジョー(講談社・1968年) 拳闘の青春を描き、読者を動かした週刊連載
『あしたのジョー』は、原作を高森朝雄(梶原一騎)、作画をちばてつやが担い、1968年1月1日号から1973年5月13日号まで『週刊少年マガジン』に連載されたボクシング漫画である。連載中の反響、テレビアニメ化、作画のちばてつやの訃報までを、開いて確かめた報道と資料で整理する。
本文と出典
あらまし
『あしたのジョー』は、講談社の『週刊少年マガジン』に連載されたボクシング漫画である。
原作は高森朝雄、作画はちばてつやが受け持った。
高森朝雄は梶原一騎の別の筆名である。
2020年の文春オンラインの記事は、連載の期間を1968年1月1日号から1973年5月13日号までと記している。
共同通信は、2026年10月のちばてつやの訃報のなかで、連載の開始を1967年12月発売の同誌と伝えた。
雑誌の号数は発売日より先の日付になるため、二つの記述は矛盾しない。ただし、本稿は発売日そのものを別の資料で確かめられていない。
主なできごと
・1967年12月 『週刊少年マガジン』で連載が始まったと共同通信が伝える(誌面の号数は1968年1月1日号)
・1970年 テレビアニメの最初のシリーズが放送される(1971年まで)
・1973年5月 5月13日号で連載が終わる
・1980年 テレビアニメの二度目のシリーズが放送される(1981年まで)
・2021年 世田谷文学館で「あしたのために あしたのジョー!展」が開かれる(1月16日から3月31日まで)
・2024年 ちばてつやが文化勲章を受ける
・2026年10月22日 ちばてつやが87歳で亡くなる(27日に報じられる)
作者の役割分担と、作画の工夫
物語を組み立てる原作者と、絵を描く漫画家が分かれる体制は、週刊連載の現場で珍しくない。
この作品では、高森朝雄が筋を、ちばてつやが絵を担った。
東京ドームの公式サイトに載るちばの談話によると、ライバルの力石徹の体格は原作で細かく指定されていなかったという。
ちばは力石を大柄に描いた。そのため、軽い階級で戦うには厳しい減量が要る、という場面が後から加わった。
作画の側の判断が、物語の筋にも影響を与えた例である。
同じ談話で、ちばは自分がボクシングを好きではなく、試合を見ると怖さを感じたと語っている。
それでも取材のために東京の後楽園ホールへ何度も足を運んだという。
主人公の人物像は、ピストン堀口や大場政夫など、実在のボクサーの印象を組み合わせて作られたと、同じ談話は伝える。
世田谷文学館の展覧会の紹介ページは、原作者と漫画家の制作上のやりとりも展示の柱だったと記している。
連載中に起きた反響
文春オンラインの記事は、力石徹が作中で亡くなったとき、講談社で葬儀が営まれて社会現象になったと伝える。
世田谷文学館の紹介ページによると、この葬儀は寺山修司の呼びかけで行われた。
参列者の数や葬儀の日付は、開いた資料では確かめられなかった。
実在しない登場人物のために弔いの場が設けられたことは、読者が登場人物をどれほど身近に感じていたかを示す事例として語られている。
テレビアニメと単行本
文春オンラインの記事は、テレビアニメが1970年から1971年と、1980年から1981年の2度放送されたと記す。
単行本の累計発行部数について、同記事は2020年時点で2000万部を超えると書く。
ただし、集計の条件(国内か、電子を含むか、版の範囲)は確かめられなかった。講談社の公式な数字も開けていないため、本稿は文春オンラインの記述として示すにとどめる。
なぜ今も語られるのか
世田谷文学館の紹介ページは、この作品を「スポーツマンガの金字塔」と呼ばれる存在として扱い、連載開始から約半世紀を経ても世代を超えて愛されていると説明している。
展覧会が2021年にも開かれたことは、その説明を裏づける。
2026年10月の訃報では、複数の新聞が作品名を最初に挙げた。
講談社は、新人賞の「ちばてつや賞」が創設から46年になることに触れ、漫画界への貢献は余人をもって代えがたいというコメントを出した。
作品が単行本や映像で長く読まれ、賞の名前にも作者の名が残ったことが、語り継がれる土台になっていると考えられる。
評価の分かれる点
「スポーツ漫画の金字塔」という呼び方は、開いた資料では展覧会の紹介文のなかの評価である。
どの作品を金字塔とみなすかは、読者の世代や基準によって変わるため、本稿は断定しない。
また、減量や試合の描写が、現実のボクシングをどこまで反映しているかについて、開いた資料は踏み込んでいない。
くらさんの考察
連載を追った読者にとって、週ごとの一話は、次の一週間を待つ時間とひと続きだったと考えられる。
その間に読者のあいだで話題が広がり、力石の葬儀のような出来事につながったのではないか。
雑誌連載と読者の反応が結びつく仕組みを、この作品は早い時期に見せたといえる。
ただし、これは資料から確かめた事実ではなく、くらさんの推測である。
ジージへの問いかけ
・連載の当時、雑誌の発売日に、周りの人たちはどんな話をしていたでしょうか。
・作品の登場人物のために葬儀を営むという出来事を、当時どう受け止めましたか。
・ちばてつやさんの訃報を聞いて、最初に思い出した場面は何でしょうか。
出典
・文春オンライン(連載期間、累計部数、アニメ化、力石の葬儀) https://bunshun.jp/articles/-/52672
・世田谷文学館の展覧会紹介(museum.or.jp) https://www.museum.or.jp/report/101129
・東京ドーム公式サイトのちばてつや談話 https://www.tokyo-dome.co.jp/hall/archives/interview/chiba/
・熊本日日新聞(共同通信配信)ちばてつや訃報 https://kumanichi.com/articles/2051000
・デイリースポーツの追悼記事(講談社のコメント) https://www.daily.co.jp/gossip/2026/10/27/0020972262.shtml
動画
・『あしたのジョー』連載開始50周年記念PV(TMSアニメ公式チャンネル)https://www.youtube.com/watch?v=BIXHPgNtAZg
・ちばてつや先生インタビュー #1(公益社団法人日本漫画家協会)https://www.youtube.com/watch?v=HURiOvGw_mE
関連動画
この記事を読んで浮かんだ疑問は、運営者ジージが漫画QAでくらさんに質問し、答えをそこに載せていきます。